お葬式は故人への愛や気持ちがあふれる場所

変わりゆく葬儀の形は、故人を思うからこそ?

2018年06月12日 14時11分

葬儀の形は最近、だんだん変わってきているようです。依然として仏式の葬儀が、日本で行われている葬儀の9割を占めます。しかし、以前は夜通し行われていた「お通夜」も、現在では2時間程度で終わる式になりました。かつての「お通夜」は、家族、そして近い人たちだけが集まって、故人に思いを馳せる。そんな時間を共有することが目的でした。現在の「お通夜」は、一般の方が多く参列するようになりました。
 
以前の形の「お通夜」では、家族は棺に寄り添い、ろうそくや線香の日を絶やさずに夜が明けるまで過ごしました。お線香の香り、畳の匂い、時よりどこからか聞こえてくる虫の声、天井を時折照らす通りがかりの車のヘッドライト…そして、またどこからか故人の元気な声が聞こえてくるのではないかなどと想像しつつ、故人が何事もなく天国へとたどり着けるかどうか考える。朝の太陽はどのように目に映るのだろう?
 
これは人によって違うと思いますが、いろいろな思いを巡らせることには、皆、違いがないのではないでしょうか。あれ?「天国」はキリスト教の概念ですかね…
 
でも、こうして故人に思いを馳せる時間というのは、実は貴重だったのではないかと思うのです。もちろん葬儀には故人の遺志が反映される場合もあり、故人の遺志で「お金はかけないように葬儀をしてくれ」と言われている場合もあるでしょう。また、金銭的な理由で葬儀を質素にせざるを得ない場合もあるでしょう。いずれにしても、日本で行われている葬儀の形は、昔とはだいぶ変わってきています。
 
一昔前のお通夜の形は、いろいろな事情があって、現在主流の半通夜の形になりました。自宅ではなく斎場で葬儀のすべてを行うことが増えていて、そういった施設では消防法の関係があり、一晩中、お線香やろうそくの火を絶やさずにいること自体がかなり難しくなっているという事情があります。何か「冷たさ」というか、「大人の事情」を感じますが、安全のためでしょうから仕方がないですね。
 
新しい葬式の形・一日葬
そもそも葬儀を行う遺族の意向を無視できるはずがありません。最近はフリースタイルの葬儀(自由葬)というものに脚光が当たっていますが、質素な葬式や家族葬で済ませたいという遺族からの要望は多いようです。葬儀の形が変わっていくことについて「何か人間の心が冷たくなっているのでは?」などとは言えないのです。
 
仏式の葬儀は簡略化されてきていますが、現在、各葬儀社はそれぞれ、さまざまな葬儀パッケージを販売していて、かなり細かく葬儀のやり方をチョイスできるようになっています。
 
1日目に半通夜を行い、2日目に葬儀式と告別式を行うのが、一般的な仏式葬儀です。しかし、ここ最近はお通夜を行わずに葬儀式と告別式、火葬を1日で済ませる「一日葬」も数多く行われているようです。
 
そもそも、日本の葬儀に決まった形はありません。ただし、遺体は亡くなった時間から24時間が経過しないと火葬することができないと法律で定められています。そのため、お通夜は行わなくても、ご遺体を自宅などに安置する必要があります。また、お通夜はありませんが、告別式前には親族の手で故人が旅に出る準備を整えてあげる必要があります。
 
自由葬という葬儀の選択
自由葬とは、無宗教葬儀とも呼ばれる、何か特定の宗教や作法に則って行われるものではない、新たな葬儀の形です。自由葬は故人が生前から望んでいる場合ももちろんありますが、遺族が生前の言動などから思い出して希望する場合もあります。
 
家族だけで小規模のお葬式を行った後に、お世話になった友人や知人を交えて「お別れ会」を開きたいという方も多い様です。芸能人やプロスポーツ選手など、著名人の多くがこのスタイルでお葬式を行っています。
 
「お別れ会」という形で故人を偲ぶ。有意義な時間だと思います。故人を愛し、故人に感謝の心を持つ人々が同じ時間を共有する。なんと美しい一時でしょう。
 
皆様は自由葬というと、どのような葬儀を思い浮かべますか?最近、よく耳にするのは「音楽葬」でしょうか?故人の好きだった音楽が響く空間でのお葬式。故人の趣味がフィーチャーされたお葬式。パーティー形式。いろいろありますが、やはり十人十色。10人いれば、それぞれのための個性的な葬儀がある。これが近い将来の葬儀の形かもしれません。
 
私の義理の母(兄嫁の母)がなくなった際は、「音楽葬」で故人を送ったそうです。ビートルズの「Twist and Shout」他の楽曲を演奏したのは子供たちと孫たち。音楽一家だったこともあり、最高の形で故人への思いを届けられたのではないかと思います。
 
しかし、長期入院の末に亡くなった方などの場合、家族としても尋ねることが気の毒で、故人の遺志を確認できなかったということはよくあることのようです。また、特にお年寄りの中には、「しきたりに則らない葬儀をすることなど受け入れられない」という人も少なくありません。故人の遺志であったとしても、このような問題が発生することはよくあります。
 
自由葬を行う際には、意外とまわりからの反発があるので、できれば故人が存命の内から親族と話をしておいた方がいいかもしれませんね。
 
もし、故人の意思確認のできぬまま葬儀を開くことになったら、あなたはどうしますか?
 
葬儀の方法と共に、脚光を浴びる「散骨」
宗教にとらわれない、自由なスタイルで行うお葬式が「自由葬」ですが、最近は火葬後の埋葬方法についてもよく語られています。
 
たとえば釣りが好きだった故人が、よく訪れていた防波堤に「散骨」して欲しいという遺書を残していたとしましょう。その遺言通りに、その防波堤に「散骨」してあげたい気持ちは山々ですが、実はこの日本では、どこでも散骨していいわけではありません。
 
そもそも、日本で散骨することは、法律上「グレーゾーン」です。故人の遺志ですから何とかしてあげたいものですが、防波堤は公共、もしくは私有地である可能性が高いと考えられます。所有者の許可を得られない限り、散骨することは難しいでしょう。いくら遺言とは言え、法に反することはできません。この場合はセカンドベストを考える必要がありますね…
 
私が考える、この場合のセカンドベストは、この防波堤沖の海に散骨することです。自治体により、事実上、散骨を禁止する条例を定めているところがありますので、このような自治体の場合はこの手も使えません。しかし、海での散骨はほとんどの場所で可能で、散骨のための定期船を運航している業者まであるほどです。
 
散骨を行うためにはルールというかマナーがあります。まず、遺骨は粉末状にしなければなりません。この作業は専門の業者が引き受けてくれます。また、散骨の際には、他の人に「葬式」を連想させる、「喪服を着る」などの行為をしてはいけません。
 
「目立たず、粛々と」
 
これが日本における散骨の現状です。
 
日本の人口は高齢化し、身寄りのないまま亡くなる人、そして経済的に困窮し、身内の葬儀もあげられないという人々がたくさんいます。悲しいことですが、これが日本の現状なのです。故人の遺志で葬式や埋葬方法が選べる人は幸せなのかもしれません。
 
シンプルな葬儀や散骨は、現在も、そして今後も選択肢として残り続けるでしょう。散骨に関しては、速やかに法制化されることを期待したいところです。散骨の場合、墓標はありませんが、たとえば海に散骨した場合、その海域に行けば、いつでも故人に会える。そんな気持ちになれるでしょう。